2021.10.31 11:38モヤモヤを書き出すと未来が見える!?10月29日金曜日、メモ書きFridayNightを開催しました。「メモ書きワークショップ」とは、こころやあたまのモヤモヤをとにかく書き出すことで頭をスッキリさせて課題を明確化。やがては、未来志向につなげるというもの。とにかく書く、って私にとってはなんだかとても新鮮です。社会人になると、項目別に整理してまとめ、相手に一度で伝わるように、とか起承転結を意識し、テーマに沿った内容にするには・・なんてことを考えすぎてうーんとうなってしまうこともしばしば。ただ書く!となると支離滅裂になると思いきや案外、書いていくうちにすっきり明確化&整理されていくなんてちょっとびっくりです。継続にも意味があるそう。お題は、意味あることとか長期的目標とか大上段にたったも...
2021.10.09 16:09『一歩、前へ進むためのリレーセミナー』開催 Alliance YouTooが足立区のげんき応援助成事業を受託し、11月より以下の3回シリーズで『一歩、前へ進むためのリレーセミナー』を開催する予定です。 わたしたちが一歩、前へ進むために、フェミニズムは強い味方になるはず。ジェンダー先進国の北欧に学び、もやもやとした思いを言語化し、前へ進むためのコンテンツを集めたワークショップとセミナーを企画しました。 Peatixで参加者を募集中です。たくさんの皆様のご参加をお待ちしています。 第1弾: 読書会 11月27日(土曜日)14時~16時 わたしたちの読書会 『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』 講師:枇谷玲子氏(北欧語翻訳者) 第2弾: メモ書き 12月12日(日曜日)13:30~15:3...
2021.10.09 08:31ひとりひとりの老後は〜自由に生きてきたわたしだけれどーその7そろそろ「老後」という言葉も浮かぶ。この先、夫婦の関係性がどうなっていくのかあまり想像できない。私のほうは、仕事が面白いし、地域でもそろそろ社会活動を形にしていきたいと考えている。夫は、相変わらずマイペースのまま。家族のためにあくせく働こうという気持ちはない一方、妻の私の行動に対しても口出さない。ことさらに「女のくせに」ともいわないし「オレ様風(かぜ)」を吹かせるわけでもない。だが私はどこかでモヤモヤしている。家事の中心はわたしだし夫はそれを当然のように受け止めている。なんど家事について言っても夫は、その姿勢を変えることがない。家事スキルについて、私が教えるということもしてこなかったのも悪いのだろうか。しかし決して夫が、まったく家事能力がないわけではな...
2021.10.08 08:31夫は変わらなかった〜自由に生きてきたわたしだけれどーその6仕事は、とてもおもしろかった。地域で、子供やお年寄りのために、いっしょうけんめい活動する団体や小さなグループのの、行事の開催や似たようなグループ探しなどを、一緒に取り組んだり、話し合いに参加するのは刺激的でワクワクした。営利目的の会社と違い、みな、お金のことは二の次にして、どうすれば自分たちの活動がより活性化しかかわってくれる人たちに喜んでもらえるかを、真剣に考えている。私も、団体やグループのメンバーの一員となったように一喜一憂しながら、仕事をした。夜間勤務は1週間ごとにあった。夜間に私が家を出てしまうときは、夕食づくりも含めて夫に家のことを任せた。私からは、とくにこうしてほしい、という具体的なことを言わなかった。判断力のある大人なのだし、なにより自分...
2021.10.07 08:30社会に出たい!〜自由に生きてきたわたしだけれどーその5ある日とうとう、私は叫んだ。子どもがやっと泣き止み、寝入ったときのことだ。こどもを起こさないよう、風呂場で叫んだ。「うぉーーーーー」言葉にならない胸のうちを声に出した。どうしようもない無力感を覚えた。むなしさが胸のなかにわきおこった。わたしが生きている意味ってなんだろう。そして午後中ずっと考えた。夕食の用意をしている間も食事のさなかも、私はずっと黙ったままだった。次の日も、その次の日もそんな状態が続いた。夫は怪訝な顔をしていたが、何もいわなかった。私も、そんな夫に対してとくになんの感情もわかなかった。そんな自分にも対してもモヤモヤした思いと物悲しい気持ちが湧いていた。ある日、私は結論を出した。そして夫に言った。「わたし、働きます」そうだ。私は、社会に戻...
2021.10.06 08:30わたしは誰?〜自由に生きてきたわたしだけれどーその4子供が生まれると、私はますますいそがしくなった。子供が泣けば、子供のもとに行って、お乳にしろ、オムツ替えにしろ、子供が欲していることを満たしてやった。そうしたことに対しても、夫は無感心だった。決して夫が冷ややかだったということではない。それに私がお乳をやったりと子供に関わるさまざまなことに追われている最中に、「俺のメシは」という人ではなかった。夕食の準備が間に合わなければ、不機嫌そうな顔をしながらも、簡単なもので自分だけで済ませた。私の分は用意してはくれなかった。夫は、ただ単に目の前に起きていることを、自分ごと、夫婦のこと、としてとらえられないだけのようだった。私のほうはどんどんやらなければならないことが累積していった。結婚してからは仕事と家事。こども...
2021.10.05 08:30結婚、の意味〜自由に生きてきたわたしだけれどーその3社会に出て働き始めたころ、趣味のひとつにしていたウクレレのサークルで知り合った彼と、付き合い始めてから1カ月もたたずに結婚した。彼は私と、価値観が似ている気がしたのだ。結婚したとき彼は会社勤めをしていたが、組織で働くことは向かないようだった。工業高校出身の彼は、機械いじりや、ものづくりが好きだった。やはり趣味のひとつにしていたサイクリングの延長で、自転車屋を始めた。わたしは私で、やはりいつかは独立したいと考えていた。でも、何の経験もないままで何をなりわいに独立すればいいか、わからなかった。だから、とりあえず社会に出で、いわゆる事務職OLの道を選んだ。2ー3年働いたころ、妊娠した。私は仕事を辞めた。当時は「寿退社」という言葉もあたりまえのように使われてい...
2021.10.04 08:29兄と妹〜自由に生きてきたわたしだけれどーその2わたしには兄が二人いる。もし「女と男」ということで、兄たちと私との間に違いがあったとしたら、兄二人にはそれぞれに個室が与えられていたけれど、わたしにはなかったということだ。なぜか、ということは、当時は考えなかった。そういうものなんだな、と当たり前に捉えていた。「兄なんだから」と、なんとなく納得していた。わたしはたまに、料理を作るのを手伝ったり、洗濯ものを取り込んだりしていた。それは、女の子だからこれぐらいはしなければ、と考えたわけではない。両親が忙しそうなときには、手伝うのが当たり前だと感じたからだ。ただ、兄たちが手伝うのは一度もみたことがない。それどころか、台所に入ろうとすると「男の子は台所に入らなくていい」と、父や母は言った。兄たちもそれに抵抗を示...
2021.10.03 08:29はたらく、じゆう、生きる〜自由に生きてきたわたしだけれどーその1わきまえる女とかわきまえない女とか、少し前に話題になっていた。わたしはわきまえてなんか、こなかった。得意な裁縫を生かせる仕事をしたいと思って、学校に行った。育った家庭で、女だから裁縫を身につけなさい、と言われたから得意になったわけではない。手しごととかものづくりが好きだったのだ。できればデザインのことをもっと勉強したいなと思ったけれど、それはあきらめた。なぜなら、早く社会に出たいという気持ちが強くなったから。それに、デザインの学校は働いてからでも行けると思った。勉強したいことは、自分でお金を出せば自分の意思でいくらでもできる。ウチは自営業で、両親は一緒に仕事をしていた。私もある程度成長してからは、その仕事を手伝ったりした。はたらくのは、とても楽しかった...
2021.10.02 08:28二人のジャンヌダルクー『エレノア・マルクス』その2「ミス・マルクス」https://missmarx-movie.com/ソーシャルジャスティスを発信し第一線に立つ彼女は、一方で自身のなかにある女性としての慈愛や母性をかかえていて、それ故に、苦しみもあったのかなあと思いました。母性や慈愛を前面に出せばそれは、社会の空気と迎合することにもなってしまい、「慈愛や母性は解決したい、訴えたい社会課題の発端」という思いもあって、ギャップや自分自身の思いとの矛盾も感じ人間としての?苦しみも生じていたのかなと思いました。
2021.10.01 08:29二人のジャンヌ・ダルクー『トーベ』話題となっていた二つの映画を観ました。その1「トーベ」https://klockworx-v.com/tove/トーベは自由奔放で、いろんな「したい」「好き」をまっしぐらに実践していった人なのだろうと思いました。芸術家は、表現の方法に柔軟性をもてば、いかようにも自身を解放できるのが、それを可能とする所以なのかなあ。世間の規範とか常識と離れた表現の世界で自分や自身の思いを解放できる。一方で、やっぱり彼女の真(芯)には、油絵こそ自身の芸術という気持ちと恋人の女性ヴィヴィカへの一途な愛があったのだろうなぁとも思うのです。