仕事は、とてもおもしろかった。地域で、子供やお年寄りのために、いっしょうけんめい活動する団体や小さなグループのの、行事の開催や似たようなグループ探しなどを、一緒に取り組んだり、話し合いに参加するのは刺激的でワクワクした。
営利目的の会社と違い、みな、お金のことは二の次にして、どうすれば自分たちの活動がより活性化しかかわってくれる人たちに喜んでもらえるかを、真剣に考えている。
私も、団体やグループのメンバーの一員となったように一喜一憂しながら、仕事をした。
夜間勤務は1週間ごとにあった。
夜間に私が家を出てしまうときは、夕食づくりも含めて夫に家のことを任せた。
私からは、とくにこうしてほしい、という具体的なことを言わなかった。
判断力のある大人なのだし、なにより自分の家であり、自分のこどもなのだ。
結論からいえば、夫はまったく変わらなかった。
掃除は一切しない主義のようだった。
食事はコンビニやスーパーのできあいを買ってきた。
ときにはごはんさえ、真空パック詰めのものを買ってきた。
店はそれほど忙しくないのに、なぜ、少しでも家のなかを整えたり、手作りの食事を作ったりということをしないのだろう。
スキルはなくても、見よう見まねでもそうでなくても、できるはず。
でも夫はあえてしなかった。
客がいない間は、熱心に、自分の自転車の手入れをしていた。
ネットでパーツ探しをすることにも、熱心だった。
端的にいえば、夫は自分のことしか考えていなかったのだ。
組織に向いていないのはわかる。だから自営業なのだと納得できる。
好きなことをしたい気持ちには同感だ。
だからといって、稼ぐことにも家庭のことよりも自分の欲求を満たすことだけに専心してよいことにはならない。
道楽トンボ、という言葉が思い浮かぶ。
●それでもこどもは育つ
そんな家庭状況ではあったが、私は働き方を変えることはしなかった。
子どもの様子が心配ではあったが、子どもは幸いにも「うちの家はそういうものなんだ」と早期に納得し、自分なりに身の回りのことができるようになったし、気持ち的には私の気持ちを理解してくれた。
成長するにつれて家のなかのこともできるようになっていった。
いま、子供はすでに成人している。
私は、その団体に何年か勤めたあと、そうした非営利系の団体をサポートするスキルを売りに、都心に拠点を持つ会社への転職も果たした。今度はパート職ではなく、契約社員としてである。
夫は相変わらずだ。変化も成長もないように見える。
ときどき、売り上げや収入のことで、私のほうが意見することがある。
それでも夫は働き方を変えない。自分が食える分だけ稼げばいいだろう、というのが夫の理屈だった。
家族や子供のために、という発想は相変わらず、まったくないようだ。
私は、それでも、「妻だから、女だから、母親だから」という言葉はまったく発しない夫のありようをある意味、無言で受け入れる姿勢でいる。
子供はいま、調理系の専門学校に通っている。資格を取って、一生しっかりできる仕事をしていきたいという。
夫とはおかしな話、つかず離れずの間柄だ。
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