父は単身赴任していた。
群馬で10年間。
その間、弟は反抗期を迎え、お決まりのようにタバコを吸い修学旅行で飲酒し、先生に呼び出され。
父が大好きで、自身も幼いころからキャッチボールをして好きで入ったであろう野球部の練習もだんだんいかなくなった。
私は私でマイペースに高校生活を送っていた。
進学校は勉強もスポーツもできる人ばかり。
自己肯定感が低くなり、摂食障害になった。
勉強はまったく進まずいつも学年最下位。
学校に行かず一日中、家で本を読んで1週間過ごすこともあった。
そんな、「思春期の子どもたち」を一人でみながら、自分も勤務した地元の中小企業で「パートのリーダー」に「抜擢」された。
母は、人間関係で徹底的に悩みしょっちゅう胃痙攣を起こし胃の痛みに苦しんだ。
そんなこんなで、10年間経った。
父が、群馬での赴任の任を解かれ本社に戻ることとなった。
「送別会」には、家をまもってきた、あたかも銃後の妻であった母をはじめ他の社員の妻たちも、呼ばれた。
母は「妻の言葉」を求められ言った。
あなたたち、夫にお疲れさまって言ってますけど、家をまもってきた私たち妻だって同じようにお疲れ様って言われるほど苦労をしてきたんですよ。
わかってますか。どんなに大変だったか。
この人が単身赴任を安心してできたのは私たちのおかげなんですよ。
男の人だけおつかれさまって言われるの、おかしいでしょ。
アルコールが入り、パートの女性が父のほおにキスをするなど、無礼講の乱痴気騒ぎの様相を呈してきていた送別会の会場は、シーンとしてピーンと張り詰めた空気が流れた。
父は、にへらにへらしていたその口元を真横に引いた。
母はそれだけ言うと、また自身の席に戻り何事もなかったかのようにデザートを口にした。
父は、さらに酒をあおり、その夜はへべれけに酔っぱらった。
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