今夜は、私たちを時に苦しめる「母」の言葉について話をしたいな、と思います。
母と娘の関係って、やさしい母親とかわいい子どもの関係じゃないことがある。どこか、おせっかいに口出しし、「こうしろ、ああしろ」といわれることがありませんか。私は私でいたいのに、批判されたり。親が重いことってありがちです。
スーザン・フォワードの著書に『毒になる親 一生苦しむ子ども』(講談社刊、玉置悟訳)があります。この本をきっかけに「毒親」という言葉が生まれたといわれます。毒親の特徴は、主に過干渉、過度な管理、支配、価値観の押し付けなど。子どもにとってストレスになるような言動は「毒」であり、その子は一生、苦しみ続けて自分の人生を台無しにしてしまう、というのです。
たしかに、私たちの苦しさは、呪文のような母の言葉からやって来るのかもしれない。
田嶋陽子さんというフェミニストがいらっしゃいます。これまで法政大学教授、参議院議員などで忙しく活躍していらした英文学、女性学研究者です。著書に、『愛という名の支配』『ヒロインはなぜ殺されるのか』『我が人生歌曲』など色々。
女性学の第一人者として、またオピニオンリーダーとしてマスコミでも大活躍。読売テレビ「そこまで言って委員会NP」に月2回、準レギュラーで出演していらしたのをご覧になった方も多いと思います。私は最近、石川優美さんと一緒に出演された『Wの悲喜劇「田嶋陽子参戦!怒れるフェミVSフェミ嫌い 大激論SP」』を見ました。本当にパワフルな方です。
さて、田嶋陽子さんがフェミニストになったのは、お母さんの呪いのおかげのようです。このエッセーをぜひお読みいただきたいと思います。
私たちも母の言葉に痛い想いをしながら生きてきましたが、納得しました。私たちが感じる生きづらさをずっと抱えて生きてきたのが私たちの母なのだろうと思うのです。それが、母たちを毒のある親にしてしまったとのだとしたら。。
そうだとしたら、それは、母たちの問題ではなく、社会の構造上の問題です。悪しきは家父長制であり、それを作った社会の問題。つまり、ジェンダー問題です。毒親という個人の問題に摩り替えて、母と娘を対立させてしまうと、構築された社会の問題が見えなくなる。鉛のように重い母たちの言葉は、社会が吐かせた呪文なのです。毒を盛られていたのは母たちだった。今は、そう思っています。
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