日本で最近「出生率低下による人口減少の対策として移民を受け入れよう」という議論が高まっているようだが、日本人の多くは、移民が増えたらどうなるかについてまだ十分イメージできていないと思う。私は日本人だけどイギリスに何年も住んでいる。イギリスは移民大国で、私自身も広い意味では移民のようなものだ。そんな立場から「日本に移民が増えたらどんな事が起こりうるか」を、想像の赴くまま、書いてみた。
1.「ここ、日本じゃないよね?」という街並みができる
ロンドンには、行き交う人々の人種や街並みが、パッと見て明らかに違うエリアと言うのがいくつかある。ロンドン中心部にはチャイナタウンがあり、ある郊外の一角はインド系の人々ばかり、また別の町の一角は、アフリカ系の人々ばかり。そんなエリアのマーケットには読めない看板、見たことのない野菜や食材(巨大な食用カタツムリを見た事がある)を売る店などもあり「え?ここイギリスだっけ?」と感じる。
特にチャイナタウンの街並みはほぼ中国だ。中国系の人たちは19世紀の貿易時代から船員が長期滞在したり、労働力としてイギリスにいるため、歴史は深い。
2.優秀で勤勉な外国人が、日本人よりも仕事を得る
私がイギリスに来た2010年ころ、ポーランドからの移民にけっこう会った。私から見て、彼らはとても勤勉できれい好きだ。Brexitの前は、「ポーランド人にイギリス人の仕事を奪われる」という議論を何度か見かけた。
3.移民二世(異民族、イスラム教徒)が東京の市長になる
ロンドンの市長サディク・カーンさんはロンドン生まれだが、両親はパキスタン出身。本人はイスラム教徒だ。
4.多民族化(混血化)が進む
ロンドンでは様々な人種のカップルを見る。
5.日本の皇太子が混血の美人と結婚する。
イギリスのヘンリー王子のパートナーのメーガン妃はアメリカ人の女優だ。彼女のお母さんはアフリカ系だ。日本の皇室にもそんなことが起こり得るかもしれない。
しかしイギリス王室と日本の皇室は、国民にとって、かなり質の違うものではないか?とい
う点は気を付けたい。イギリス王室は歴史的に血統が多国籍で、ヨーロッパ貴族ネットワークのいろんな国の人たちで成り立ってきた。今の王室の血筋は1700年代、ドイツのハノーヴァー家出身の人が王様に迎えられたところから続いている。彼は英語がほとんどしゃべれなかった。それ以降、王室名もハノーヴァーの名前だったが、第一次世界大戦のころイギリス国内でドイツの評判が悪かったので、ドイツ名からイギリス名に変えたそうだ。イギリス王室はその他にも、デンマーク、フランス、ギリシャ、などにルーツがあるようだ。
ヨーロッパ貴族ネットワークの国際結婚は、外交戦略だった。日本の戦国時代に、武将が娘や息子を別の武将の家系と政略結婚させていたようなことを、広い範囲でやっていたとも言えるかもしれない。
日本の皇室の方が、国内の文化・伝統と長く強く結びついた存在と言えるかもしれない。
6.一部の地域や業種で、英語や中国語が共通言語になる。
英語は、世界でもっとも話され、また、第二言語としてもっとも教育されている言語だ。日本に移民してくる人たちは、英語がすでに話せる可能性が高い。母国語の異なる人たち同士がコミュニケーションするためには日本語ではなく英語が使われるかもしれない。
また中国語は、世界で2番目に話されている(中国人人口が多いため、母語話者数が多い)言語であり、中国系の移民が増えれば、中国語が話される事も増えるだろう。
7.生活保護、大学の奨学金などの社会保障を受け取る人たちの中に移民が多く含まれるようになる
これは「移民だから社会保障を受け取れる」のではなく、移民の人のほうが、地縁がなく、言語のハンデ、情報格差があり、社会的に弱い立場に置かれやすいからだ。
イギリスの大学では、アフリカ近辺国にルーツがある人を積極的に支援する奨学金もある。しかしこれは、過去の植民地政策や奴隷制度の影響もある。植民地支配とその後の政策については、イギリスでは大学などの研究機関でずっと活発に研究、議論が行われてきた上での支援だ。
日本は欧米とは状況が異なるので、独自の研究、議論、制度が必要になる。
8.日本の文化のある部分は失われる、または質が変わる
インターネット、グローバル企業、SNS、AIは、1つの巨大な文化のプラットフォームを形成している。少なくともバーチャルな世界では、キャッチ―な文化はより強く広まり、小さな弱い文化は消えやすく、世界の文化の均一化が進んでいるように思う。以前よりも、文化の多様性を保つ事が難しい状況のようにも見える。
日本文化を維持するうえで、物理的な移民流入はさらに影響を及ぼす可能性がある。
私自身は、日本の移民受け入れには、慎重になった方が良いと思う。
1つには日本では経験や議論が不足している気がするからだ。日本が持っている「移民政策」のイメージは、欧米の移民受け入れ政策のイメージが強い気がするが、欧米は近代になって移民を政策として考える以前から、異文化流入の経験もあるし、植民地時代に異文化を抑圧した歴史を経て、文化共生についての議論も活発に行われてきた。そういう国々に比べると、日本は経験不足だと思う。
また、日本は島国で、かなり異なる歴史を歩み、民族のアイデンティティと国民のアイデンティティが比較的重なった状態で、独自の文化の発達をしてきたと思う。人口や経済的な数値は議論の対象にしやすいが、文化の独自性、独立性みたいなものは数値化しづらい。しかし一度失われたら取り戻せないものだ。もし「多様性」が良いものなのであれば、世界全体の多様性を守るためには、日本が安易に移民を受け入れない方が、世界全体の多様性は高く保てるとも考えることもできる。
いろいろな国が、自国の文化を守る事とその他のニーズを満たすバランスを考えて、独自の検討を重ねていると思う。例えばドイツに移住したロシア人の知人は、「ドイツでは、短期の仕事は外国人にもチャンスがあるが、正社員のような長い期間の仕事は、ドイツ人じゃないと就けない」と言っていた。
日本が移民について、日本の世界での位置をふまえた適切な判断ができるような気が、個人的には今のところ、あまりしていない。
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