3人の母、届かない強い思い

3人の母のかたち。

愛のかたち3種類、といっていいのかもしれない。

●実の娘を虐待する母。あなたのことが大好きという母。お父さんに好かれるように、もっとかわいく振る舞えばお母さんは怒らないのよという母。

●実の子どもを「むし」と呼び、暴力をふるう母。「アイドル」としてチヤホヤされて華やかな若いころを過ごした自分を忘れられない母。子供が生まれたばかりに「本当の自分」でいられなくなったと、子供に苛立ちをぶつける母。

●ひたすらに、ただひたすらに子を愛する母。女の子として「普通」に育って欲しかったのに性自認が異なるという「障害」を持ったことを受け入れられなかった母。子が自死してはじめて「あなたはそのままでいいと、なぜ言ってやれなかったのか」と泣く。

きなこの勤務する会社の専務であり、やがて恋人になる主水(ちから)役の宮沢氷魚さんは先日みた「エゴイスト」でゲイの役で出ていた俳優だ。今回は、DVおれさま家父長男として登場している。素朴に役者ってすごいと思う。

主役のきなこ役の杉咲花さんがいいなあと思った。もう、彼女の演技だけで成り立っているという印象だ。

脇を固めるTGの娘(いまは息子)の母である余 貴美子さんもとてもいい。

ただただまっすぐに「普通の女の子として幸せになって欲しい」と願う実直で素朴な、母親の真摯さが伝わる。

TGであり、アンさん役の志尊淳さんに、とまどう。アンさんは私のなかではくまさんのイメージだったところ、彼はとてもシュッとしているのだもの。(「あくまで個人の見解です」笑)

そして、原作の、子供を「ムシ」と称するに至る母の祖父(だったか)が、でてこないのは、ちょっと背景描き不足している気もする。

祖父は、この哀しい母がなぜこうなったかの背景要素のひとつでもあるのだから、と思うからだ。

生きづらさから目をそらしてたんたんと生きられそうな場所で生きていけるはずが、愛を発見したばかりに苦しみぬくアンさんの姿はせつなく哀しい。

母からが幼い頃虐待を受けながら、母に愛されたい、って思いつづけたきなこは、誰かに愛されるために、愛されることに自分を捧げてしまう。そのためになのだろうか、母の代わりに、きなこを囲い、思い通りにしようとする「おれさま男」を「魂のつがい」と誤解してしまう。
これも一つの承認欲求とか愛着障害っていうものなのかもしれない。

とはいえ、映画のなかのきなこには、ジェンダーフリーとかフェミニズムとかをとっぱらい、私も幸せになってほしいよ!とこころから思ってしまった。

すこしかっこつけていえば52ヘルツの声は誰も心の中に持っていると思うのだ。
他の人には決してとどかない、強い、ときに哀しすぎる思い。


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