私とお金との関係

私とお金との関係は、人生を通じあまり良くなかった。

小学生:お小遣い帳。1日で嫌になった。

中学生のころ、父親が私用の通帳を作ってくれて、お金を振り込んでくれた。父は私がそのお金を大切に使うと思っていたことだろう。しかし私はそれで読みたいマンガを何冊も買い、父を渋い顔にさせた。

大学生の時、親に高いお金を出してもらって一人暮らしをしたが、私は電気、ガス、家賃を滞納した。電気やガスは止められ、大家さんの代理の会社から実家に苦情が言った。口座にお金がなかったわけではなかった。ただただ振込が面倒だった。今思えばあれは一種の鬱状態だった。

会社員になって、税金や保険など、自分でお金の計算をしなくてよいまま、数年過ごした。給料をもらっても、給料明細の内容がまったく頭に入ってこない。支出入を計算するということができない。「節約しなきゃな」と思うが、自分の収入の額すら記憶に残っていないので、何をどう節約すればいいのかわからない。なんとなく不安なので、いつも少しケチだった。

子供のころかずっと、私はお金で何を買いたいのかよくわからなかった。生きていくためには、家賃を払い食料品だの服だの、買わないわけにいかない。でも何を買うにも「あーお金を払いたくないな。本当に欲しいものは、これじゃないんだけどな」と思いながらお金を使っていた。喉から手が出るほど欲しいものがある人や、目標に届かなくて悔し泣きをするような人に、ちょっと憧れていた。

何年か会社員をやって、この先どう生きたらいいのかわからなくて困っていた時に、生命保険を勧められて、お金の流れとともに語られる私の今後の人生のシミュレーションを聞いた時、私は自分の人生になんだか深く絶望した。行きたくもない方向に流されて、もう戻れなくなる気がした。そのあと会社員を辞めた。


今アラフィフで、不安定な生活をしている。やりたかった事を少しだけやれている。その一方、お金がない。年を取った両親や、甥っ子や姪っ子にあげるお金がなくて、みじめでとても恥ずかしい気分になる事が何度かあったが、それすら超えて、かなり末期症状だ。今、私が何のためにお金が欲しいのかというと、こうです。

今やっている勉強を助けるためのいろいろな費用(本とか材料とか何かに参加するための費用とか。最低限の学費はある。)

自分を生かしておくための生活費(家賃、光熱費、食費、交通費)

ボーイフレンドや友達の望むような付き合いをするためのいろいろな費用

お金を貸してくれた家族に返すため、今まで助けてくれた人たちにお礼をしたり家族や親戚が誰か困ったら助けるためにお金を使いたい。

病気の父親に会いに行く

個人的な快適な生活のため、例えば、変な気持ち悪い服を着ないため、醜いと思うような家具を身の回りにおかないで済むため

健康を保つためにもお金がいる。急に病気になった時のためにもお金がいる。歯の矯正もしたい。健康のためには家の雨漏りやらカビ対策などのメンテもしないとならない。

ラップトップが重くて膝が痛くなるので、軽いラップトップが欲しい。

眼鏡が壊れているから買い換えたい。

コンタクトレンズも欲しい。

興味のあることと関連してやれることの可能性を増やすために、世間体を善くしておきたい。普通で清潔感のある見た目を保つためにもお金がいる。

生活の基礎部分(住処や健康)での欠乏が激しい。貧だ。明らかにお金があったほうが良い項目がけっこうある。貧すれば鈍するという言葉の意味が前よりわかる。いろいろ不便だ。「清貧」という言葉があるが、清潔さを保つためにもお金はかかるという事に気づいた。今お金が自分に流れて来たら、私はとても嬉しい。

あとちょっと非現実的な希望だけど、以下も。

もし自分にお金が沢山あったら、ボーイフレンドと折半か何かして、彼の子供2人が、それぞれ自分の部屋を持てるようなサイズの家を一緒に買う

もし自分に莫大なお金があったら、とりあえずホームレスの人たちにいったん家をあげて様子を見る

今日はほぼ半日かけて、支出入を整理していた。毎月の固定費はいくらなのか。払ってもらわなければいけないお金はいくらか。いつ、いくら、何を払わなければいけないのか。いつ資金がショートするのか。そうしたらどうするべきなのか。

こういう事を考えるのがずっと嫌で、無理で、考える必要のない会社員になったのだった。会社員を辞めた後も、その日その日をやりすごすだけで精一杯だったし、苦手なので考えなかった。でも今は向き合わざるを得ない。

そうしたら、アルバイト代を2年かけて数十万円分ほど、雇い主にごまかされていた事に気づいた。あまりびっくりしなかった。知り合いのツテで始めた仕事で、契約書も交わしていなかったし、マネージャーにはそういう事をやってもおかしくない雰囲気が漂っていたから。でも私がお金について考えるのが嫌だったから、基本的な確認すら怠っていたのだ。ちょっとがんばって対応するしかない。

お金についていろいろ考えて思った結論めいた事。

人は物やサービスにお金を払う。それらは衣食住だったり、美容だったり、エンターテイメントや遊びの形をしているが、究極には、それで得られる安心、希望、愛、楽しさなどに人はお金を払うのだと思う。私は前は多少のお金があったが、何にお金を払っても、安心も希望も愛も楽しさも手に入らない気がしていたし、実際手に入らなかった。もしくはぜんぜん足りなかった。

衣食住すら危うい今の私は、前とはずいぶん違うなぁ、と感じる。「行きたくもない方向に流されて戻れなくなる感じ」は薄まったけど、今この瞬間、来月の家賃支払いの心配をしている。

私とお金との関係は、良くなったのか悪くなったのか、よくわからない。

でもなんとなく感じるのは、「欲しいもの」がはっきりしていて、簡単すぎず難しすぎないほどほどの努力の末にそれが手に入る状態が、メンタルヘルス的に一番良いのではないか?という事だ。人間は、お金があればあるほど幸せになる生き物ではない(今の私はなさすぎると思うけど)。

お金を払いたい何かがあるということは、たぶん良い事だ。

NPO法人YouToo

生きづらさを抱える女性たちの思いに「You Too」と寄り添う場です。 もやもやする気持ちを言葉にし、生きづらさの背景を考え、学び、生きやすい社会を作るために連帯して声をあげていきます。「わたし」を主語にして話すことで、あなたも、社会も、元気になる方法を探せるはず。 NPO法人YouTooには、あなたと同じ思いを持ったわたしたちがいます。

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