読書会から〜『生きるためのフェミニズム パンとバラと反資本主義』
YouTooでは毎週土曜日の朝に「フェミ読みで目醒める読書会」を開催している。11月の会で読んだ本とそこで話されたことなどをまとめたので紹介したい。
読んだ本:『 生きるためのフェミニズム パンとバラと反資本主義』 堅田香緒里 著
概要: ケア労働、ホームレス、格差や貧困が、資本主義的な社会構造によって作り出されるという視点から、著者の個人的な経験、日本独自の身近な問題、海外の事例などが具体例に紹介され、フェミニズムをはじめとする学問的な概念と一緒に解説されていました。
読書会で出た意見と感想:
◆資本主義
・お金を稼ぐことはそんなに偉いことか?賃金で交換できない価値は見えづらく、無視されやすい。 ・会社で出世して上に高く伸びて・・、っていう構造じゃなくて、女性のマルシェみたいに、横に広がっていく生産活動がいいんじゃないか。そのイメージはドゥルーズとガタリのリゾームのコンセプトとも似ている。
・「黒人理性批判」(アシル・ムベンベ)の本と似ている部分がある。資本主義社会の仕組みが、「役に立たず生産性のない」とされた「黒人」という存在を生み出し、その身体を持つ人々に対する支配を正当化した、という考え方が共通している。
◆女性の労働
・女性がやって来たような、家庭内で需要と供給が完結する家事、子供を育てる、病人、老人の世話をする、という仕事は、安く低く、見積もられすぎてきた。
・家事や子育て、介護をせず会社で働く人たちは、仮に、自分が会社で稼ぐお金と、家政婦さんや介護士に払う金額が同じだったら、それでも人に頼むだろうか?
・女性が男性社会に「進出」したため、その大事な「人の世話」の仕事をする人が減ったのは事実かもしれない。その結果、女性が担当して(させられて?)いた仕事を男性もやる、という風にはならず、家政婦という仕事が求められ、別の格差構造を作っている気がする。安い外国人労働力にその仕事をさせようと考えたのも同じ発想だ。結局、自分がやりたくない事を、他人に安くやってもらいたいということではないか?
◆ケア労働
・「男性が介護をすると鬱になる」という話があるそうだけれど、それは介護そのものが嫌だからなのか?それとも、今まで低く見ていた介護を、奴隷のような人々に押し付けていた介護を自分がやることで、自分が下の立場に落ちる気分になって鬱になるのか?男性が介護をすると鬱になるというのは、そもそもおかしなことだと思う。
・私はそういう仕事が本心では結構やりたくても、お金をたくさんはもらえないし、社会的にもあまりチヤホヤされない気がするから、だからやりたくない。それに、他にもやりたいこともある。
◆ホームレス
・ホームレスの人を見るのは嫌だ。時々臭い人がいるのも嫌だし、あの人は絶対に自分より困っていると思っても小銭をあげる程度の事しかしない自分を見るのが嫌だ。かといってホームレスを追い出したいという事ではない。
・子育てや介護に全く関われないほど長時間労働をしている人は、賃金の払われる仕事を独り占めせず、労働時間を短縮して、できない分の仕事をホームレスやその予備軍に分けてやって、と感じる。
◆私達は何ができるか
・最も変わって欲しい人達が変わらなさなすぎて、無力感で諦めそうになる。 ・弱者を生み出すその構造に安易に取り込まれないようにしよう。自分がどのような構造の一部になっているのか、知識を持とう。
・やれる事をやろう。どんな事ができるだろうか?
・性犯罪などを起こした芸能人がTVに復帰したら、スポンサーに苦情を言う。
・不買運動。
・たとえ会社内の政治や圧力で、職を失うリスクなどがあって表立って犯行できなくても、できる行動、小さな行動をする。
・資本主義なのだから、何かの問題について考える場合は、お金の流れに注意すべきだ。でも、お金が発生しないせいで無視されている物事にも注意したい。
まとめ
社会構造によって弱い立場の人が作り出され、ずっと不利な状況に置かれ続けることが確かにあります。私達は、弱者や強者としての視点だけでなく、それを生み出す社会構造の一員としての視点もふまえて話し合っていく事が重要だと思いますが、そういった議論は日本の報道ではあまり見られません。弱者は無視されるか、せいぜい「『弱者』をどう救うか」と、どこか上から目線で議論されるかです。 この本は、ではそんな状況で、「弱者」個々人の生き方と社会構造のアップデートの両方について、何をどうしようか?と私達が話し合うためのヒントをくれる本だと思いました。
今回の読書会では著者の堅田香緒里さんに事前に連絡を取り、読書会の中で本の内容をシェアすることを快く許可していただきました。感謝申し上げます。
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